投稿では、北平の東にある通州で、日本が後ろ盾となった自治政府の中国人保安隊が反乱。日本軍の主力が北平周辺の作戦に出て町の守りが手薄な中、保安隊が日本軍守備隊を襲い、日本人と朝鮮人の住民が暮らす居留区にも押し入ったとしている。

北平の東にある通州で、中国人の保安部隊が反乱を起こした。 通州は、日本が後ろ盾となって作った、日本寄りの中国人による自治政府が置かれた町。 反乱を起こしたのは、その自治政府の保安隊。 つまり日本軍が訓練したはずの部隊だ。 保安隊は日本軍の守備隊を襲い、日本人と朝鮮人の住民が暮らす居留区にも押し入っている。 日本軍の主力は北平周辺の作戦に出払っており、町の守りが手薄になった隙を突かれた形だ。
@geohistoryjp
熊本が地震で大変なときに恐縮ですが、 本日7月29日は、通州事件(昭和12年)が起きた日です 通州事件とは、北京近郊の通州(通県とも。現北京市通州区)といふ街で、 現地在住日本人文民(朝鮮同胞を多数含むらしい)と通州守備隊など日本軍人の合せて数百人(200人以上と云はれる)が、 現地政府(冀東防共自治政府)の支那人部隊(保安隊)により虐殺された事件です
@IhahoS
日本軍が、北平と天津を一気に制圧する作戦に出た。 北平の南郊・南苑には、北平や天津の学生も加わった中国軍が集結しており、日本軍は地上と空からここを攻めている。 たちまち、盧溝橋の戦い以来で最大の戦闘となった。 抗日を訴えて軍訓団に加わった若い学生たちも戦っており、中国軍には多数の死傷者が出ている。
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